私は、

女性たちに、やりがいのある仕事を提供し、十分な収入を手に入れてもらう

英語力×才能(ギフト)でロングセラーの仕事を作るプロデューサー、

というミッションを掲げています。

 

これ、カッコつけて言っているんじゃなくて、

心の底から、魂の底からの声、なんです。

ずっと、ブレていません。

 

それは、自分自身が苦労をしたこともあるから、に加えて

私の姉のこと、があります。

姉の無念を思うと、何だか居ても立っても居られず、

女性の支援をする、って決めたんです。

 

うちの姉のことを話しますね。

 

私の姉は、パニック障害を患ってもう10年以上になります。

電車に乗れないので、10年以上、実家に帰省していません。

まだ、薬ばっかり飲んでいます。

 

姉は、ある有名大学に行っている優秀な人でした。

英語も私よりできて、外資系の航空会社に入ったんです。

 

そして、お見合いをして結婚をし、男の子を授かりました。

順風満帆に見えますよね。

 

でも、ここからが、大変でした。

 

相手は非常にお金にケチな人で、

姉と子どもの養育費、食費を全額8万円、だけ渡す人、でした。

 

東京に住みながら、

食費も、

子どもの塾のお金も、

病院代も、全部ここからやりくりしました。

 

喧嘩が増え、生真面目な姉は、

おかしくなっていきました。

 

弁護士にも相談し、離婚調停寸前まで行きました。

うちの親、私の夫、姉の夫で、ホテルのロビーで

泣きながら話しもしました。

 

今思い出しても・・・修羅場で、イヤな交渉でした。。

 

でも、姉はそれでも離婚しませんでした。

優秀な大学を出ていても、

姉には手に職がなく、いわゆる事務職だったのと、

身体が弱いため、「子どもを育てる自信がなかったから」

です。

 

旦那様は、毎月決まった金額しかないので、

姉は、フランチャイズでできる、自宅英会話教室を開きます。

英語が得意でしたから。

(〇CC というところ、です)

 

ところが、3歳の息子は、

「いつも、ママが他の子とばっかり居るのが寂しい」と

泣いてばかり、お母さん同志のトラブルにも疲れ、

結局1年で閉校します。

 

旦那様は転勤族だったから、派遣社員など、

いわゆる「正社員」になれなかった、のも理由です。

 

そこで無理をして無理をして、

結局、パニック障害という病気になり、

そこから、未だに治っていません。

 

お金があったら、姉はこんな思いをしなかったんじゃないか。

もっと、他に方法がなかったのか。

 

これが私の原点です。

子どもを育てながら、私に連絡をくれる女性たちの話を聞き、

具体的な応援をしていきたい、と考えているんです。

 

もちろん、みんなお金があったらいいですよね。

服も買いたい、エステも行きたい。

 

でもね、お母さんたちは、みんな

まずは、子どもの服を買ったり、文房具買ったり、

塾に入れたり、子どものことを考えるでしょう。

 

そんな女性たちを応援したいのです。

 

これが、私の仕事の原点です。

ずっと、ブレていない、私の思いです。